いくつもの、深い洞察のある投稿があり、
この教材が、
みなさんのどこかを大きく揺さぶったのだな、
と感じます。
授業の作り方もさることながら、
ある力を持った教材を見つけてきて、
教室に提示する、
そのこと自体に価値があるということもあるのだと改めて思います。
今回興味深かったのは、
授業の中でも話題になりましたが、
「背景」の描写の問題です。
画面に映る、
「役者」や「せりふ」とは
無関係に見える物たち。
そこに「意味」を見るのか、
いつも「意味」を見ていいのか、
という問題です。
このことに焦点を当てた授業プランもおもしろい。
今回の教材はそれに適していると思います。
授業とは関係ありませんが、
一つだけ。
じつは、
私も個人的な思いを重ねて、
読みました。
ものすごく、既視感がありました。
父は今91歳ですが、
施設で暮らしています。
母が亡くなってから、
一人で暮らしていましたが、
しだいに日々のことが難しくなりました。
客観的に見て、
施設に入る方がよい。
本人も認識はしている。
しかし実際の話になると、
激しく抵抗する。
そのときに暴力的なものが噴き出すことも、
我が身に経験しました。
作品の中で彼が持ち出すさまざまな、
「しなくてはならないこと」の羅列も、
リアルすぎて、あるある、っていう感じです。
高齢者にとって、
施設に入るということは、
もう、自宅には戻らないことを意味します。
ホスピスに入る人と本質的には同じことなのです。
そしてそれは、
エイズに罹らなくても、
私たちがやがて必ず直面する問題です。
そのときに当人とどう接すればよいのか、
それは、そうかんたんなことではないです。
家族、支援者、専門家、
それぞれが、
それぞれの立場で
また、
それら周囲の者たち自身の生活や心も保ちながら、接していくしかないのです。
父との関係では、
かなり苦労をしましたが、
今も継続していますが、
何かそこに「贈り物」はあったのか、
と問われれば、
それは、ある、とはっきりいうことができます。
しかし、
それはなんですか、
と問われても、
私には、
言い表すことばがない。
ないんです。
ないんだけれども、何かがある、
ということを、
どうしても書こうとしたら、
例えば、あの小説のようになるのかもしれない。
とりとめなき感想です。